陸上競技におけるドーピングと聞くと最初に思い浮かぶのは何だろうか?
私の場合は今でもあのベン・ジョンソン選手だ。
まだ子供のころにテレビで見たソウルオリンピック100m決勝。米国の世界記録保持者カール・ルイスに対して急成長していたカナダのベン・ジョンソンとの一騎打ちで注目されていた。そしてレースはベン・ジョンソンの圧倒的スピードで後半型のルイスを全く寄せ付けずに圧勝したのだ。しかも、当時の世界記録が9秒9台だったのに9秒79を出したのだ。目が血走り、筋肉が盛り上がる強烈な躍動感が真っ赤に燃えるようなタータンを突っ走っていた印象だった。当然今のようにインターネットが無い時代だったからブラウン管のテレビ画面はこの一瞬にものすごい注目が集まったはずだ。まさに世紀の一瞬を見るかのような注目度で異常に高まった雰囲気の中の出来事だった。ところが数日後に世界を驚かせたのは、これが筋肉増強剤によるドーピングによる結果だったということだった。
最終的にベン・ジョンソンは陸上界から永久追放されることになる。長らくベン・ジョンソンはドーピングの代名詞的な存在だったと思う。
おそらく、ベン・ジョンソンはドーピングと言う言葉を世に知らしめた人だと思う。ドーピングをすれば誰だって簡単に自分の力以上の能力を発揮できるのだと言うことが常識になった。
ただ、ドーピングで名声を勝ち取ろうとした選手は何もベン・ジョンソンだけではない。特に80年代はまだまだドーピングに対する対策や検査能力が低かった時代だったと思う。いわばドーピング黎明期だったのだろう。
古い世界記録には疑わしいものがたくさんある。とりわけ各種目における最古の記録などと評される長年打ち破られていない記録はまさにそんな記録が多い。特に70年代や80年代はソ連を中心とした社会主義国と米国を中心とした西側諸国で冷戦と言われる時代だった。特に社会主義国家では国の威信をかけて勝利を目指していた感がある。つまり、国家的ドーピングがまかり通っていた時代だろう。
そんな限りなくドーピングによって打ち立てられただろう世界記録を挙げてみる。
女子100m10秒49 1988年
まずは、ベン・ジョンソンと同時期の女性スプリンターと言えば米国のフローレンス・ジョイナーだ。彼女は1988年のソウル五輪と同じ年の全米選手権100mで10秒49と言う驚異的世界記録を打ち立てた。はっきり言ってこの記録は当時の日本人男子のトップレベルの選手でもなかなか破れないほどのとてつもない記録だ。
女子100mの世界記録は30年以上破られいないことになるのだが、おそらくこの先も破られないだろう。ジョイナー以降スーパースター的スプリンターは存在したが、誰もが最初からこの記録更新は諦めモードだった。そこで、せめて彼女の200mの世界記録21秒34を破ろうと挑戦するのがせいぜいなところだった。とは言え200mの記録も半端ではないが・・・。
この30年男子100mの世界記録は幾度となく更新され続けてきた。にもかかわらず、女子の記録はジョイナーの記録に迫りもしていないのだ。いかに不自然なほど驚異的な記録であるかが分かるだろう。日本で言えば昭和の時代の記録だ。平成の時代を30年以上経て、令和になっても残っている記録なのだ。ちなみに彼女の200mの記録もやはりいまだに破られる気配すらない。歴代2位の記録で21秒6台だから到底破られるような記録ではないだろう。
ジョイナーはソウル五輪の10年後38歳の若さで突然死してしまうのだが、ドーピングの副作用によるものではないかと言う疑いがあるくらいだ。
女子800m 1分53秒28 1983年
この記録は今から37年前に当時のチェコスロバキアのヤルミラ・クラトフヴィロヴァ選手によって樹立された記録だ。400m、800mの選手で、400mは世界歴代2位の47秒99を持っている。27歳まで400mの自己ベストは53秒台だったのに、32歳にして47秒台を記録するなど不自然な記録向上が見られる。科学的なトレーニングの向上、競技コースやシューズの性能の向上などを考えると36年間破られない記録はあまりに驚異的過ぎる。
ちなみに日本記録は杉森美保選手の2分00秒45である。中距離種目と言われる400mや800m走で日本女子選手が世界大会に出場すらかなわない現実が記録からはっきりと分かる。
女子400m 47秒60 1985年
東ドイツのマリタ・コッホ選手の打ち立てた記録だ。前述のヤルミラ・クラトフヴィロヴァ選手とほぼ同時期の選手。この記録も2020年で35年間破られていない世界記録となる。
歴代の女子400m10傑を見てみると、3位以降は48秒台だ。そして、21世紀になってからのベストタイムは米国人選手の48秒70だ。女子400mは49秒を切ればほぼ間違いなく金メダルというのが現在のレベルだろう。
ちなみに日本記録は丹野麻美選手の51秒75だ。51秒台の記録は唯一彼女のみである。
確かにコッホ選手はとてつもない能力を持っていたのだろうが、前述の選手同様にこの30年以上の間の総合的な競技力向上を考えれば、常識的には考えにくい記録だ。
女子3000m 8分06秒11 1993年
1993年頃に一躍注目を集めたのが中国の馬コーチが率いたいわゆる“馬軍団”と呼ばれた長距離走チームによる圧倒的記録ラッシュの中で生まれた記録だ。実際のところは王軍霞が出したこの3000mの記録より10000m29分31秒と言う、女子で初の1万m30分切りの方がインパクトがあった。ノルウェーの元マラソン世界記録保持者でもあったイングリッド・クリスチャンセンの記録を41秒も更新する圧倒的記録短縮は異常ともいうべきものだった。同じく馬軍団の曲雲霞は1500m走で、董艶梅や姜波は5000mで世界記録を出している。トラック種目の中長距離走で弱いはずのアジア選手が1500m、3000m、5000m、10000mで世界記録を連発するということ自体、最初から疑義の目で見られたものだった。このころから中国人女性スイマーに髭が生えているなどと、やっぱりなあと思えることは確かにあった。多くの人たちがこれはドーピングなんだろうと思う中で残った記録だった。
しかし、そんな記録だっただけに、個人的に本当にうれしかったのが、2016年のリオデジャネイロオリンピックでエチオピアのアルマズ・アヤナ選手が29分17秒で世界記録を更新してくれたことだった。
女子3000mの世界歴代100傑を見てみると中国人が5人入っている。1位、2位、3位を中国選手が独占しており、13位に一人中国人がいてだいぶ離れて84位に一人だ。そしてこの上位4人の記録は全て1993年に記録されたものだ。ちなみに1万mの世界記録保持者アルマズ・アヤナの記録が歴代15位だ。
世界歴代1位2位3位を1993年から馬軍団の中国人選手が独占したままそれ以降今まで30年近くほとんど100傑にも中国人選手の記録が出ていないことはあまりに不自然だろう。
一時期世界を席巻した馬軍団だが今では長距離で名前を聞く中国人選手など聞いたことがない・・・
男子円盤投げ 74.08m 1986年
ハンマー投げ 86.74m 1986年
それぞれ東ドイツ、ソ連の選手によって樹立された記録だ。ベン・ジョンソンのころと時期的には近く、社会主義国家と言う中で組織的なドーピングが行われていたのではないかと考えてしまう。どちらも圧倒的記録ではないとしても、33年間破られていない点を考慮し、投てき種目と言う筋肉増強剤効果がいかんなく発揮されそうな競技性からも疑わしい。
筋肉増強剤については米国大リーガーのホームランバッターの間でも使われた経緯がある。1998年のサミー・ソーサとのホームラン競演の結果マーク・マグワイアはシーズン70本塁打を記録する。2001年には37歳のバリー・ボンズがシーズン73本塁打を記録した。爆発的なパワーを得るには効果てきめんなのだろう。
女子円盤投げ競技の歴代記録は異次元の異常さ
投てき種目に関しては女子についても同様な傾向はみられる。例えば女子円盤投げの世界歴代10傑は特に異常だ。マイナーな競技だけに注目されないのだが、10傑全ての記録が80年代の記録なのだ。しかも、ソ連や東ドイツなどの東欧諸国のみが独占しているのだ。私もこの記録を最初に見た時は、もしかしたらこの種目自体90年以降は廃止された種目なのだろうかと思ったのだが、そんなことはなく現在も正式種目として存在する。
女子円盤投げ世界歴代10傑
位 | 距離 | 名前 | 所属 | 日付 |
---|---|---|---|---|
1 | 76m80 | カブリエレ・ラインシュ | 東ドイツ | 1988年7月9日 |
2 | 74m56 | スデンカ・シルババ | チェコスロバキア | 1984年8月26日 |
2 | 74m56 | イルケ・ヴィルダ | 東ドイツ | 1989年7月23日 |
4 | 74m08 | ディアナ・カンスキー | 東ドイツ | 1987年7月20日 |
5 | 73m84 | ダニエラ・コスティアン | ルーマニア | 1988年4月30日 |
6 | 73m36 | イリーナ・メシンスキー | 東ドイツ | 1984年8月17日 |
7 | 73m28 | カリーナ・サヴィンコワ | ソビエト連邦 | 1984年9月8日 |
8 | 73m22 | ツべタンカ・フリストア | ブルガリア | 1987年4月19日 |
9 | 73m10 | ギゼラ・バイヤー | 東ドイツ | 1984年7月20日 |
10 | 72m92 | マルティナ・ベルマン | 東ドイツ | 1987年8月20日 |
80年代から完全に時が止まったかのような状態だ。80年代の10傑を示したものならわかるが決してそうではない。
こうなるともはやドーピングでもしなければ世界歴代10傑にランクインする選手すらこの先現れないのではないかと思えてしまう。現在の女子円盤投げの世界レベルの競技者たちはどう思っているのだろうか・・・
上記の円盤投げの世界歴代10傑を見るといずれの記録も1984年~89年に記録されている。そして、東ドイツ選手が6人、ソビエト連邦選手が1人、あとはその周辺国だ。1984年のロサンゼルス五輪から1988年のソウル五輪にかけて、社会主義国家が国の威信をかけた戦いをしていたように感じ取れる。これらの記録が全てドーピングによるものだだとしたら、国を挙げて取り組まれていたものだと思われる。
私のイメージはちょうど映画ロッキー4と重なる。1985年の映画だからまさにドーピングが暗躍する80年代の陸上競技とも時期が同じだ。ドーピングと科学的トレーニングを取り入れて国家の威信をかけて戦うイヴァン・ドラゴ。自由と民主主義の国からソ連に乗り込み友人アポロの敵をとろうと挑戦するロッキー。ソ連vs米国のまさに東西冷戦の構図だ。当然この映画はフィクションであるが、そうした時代背景を如実に表していると思う。陸上競技だってその例にもれずだ。
映画ロッキー4のトレーニングシーン動画。見ていると、科学的トレーニングの合間にドラゴが注射器を注入されるシーンがある。(1分45秒~2分00秒のシーン)
1988年ソウル五輪におけるベンジョンソン選手のドーピングにより、一気に禁止薬物の取り締まりが厳格化に動き出したことは確かだと思う。ただ、それ以降(90年代に入って)記録が伸びずにいるのは、社会主義国家そのものが消滅したことに一番の要因があると思う。東ドイツは1989年のベルリンの壁崩壊とともに東西は統一されドイツになった。ソビエト連邦は1991年に崩壊してロシアになった。社会主義陣営の強国がそうなればおのずとその周辺国も同じ運命をたどる。
もちろん、ドーピングは90年代以降も続く。ただ、80年代とちがうのは国家の威信をかけた争いという国家ぐるみのものではなく、徐々に商業主義的な意味合いが色濃くなって行ったのだろうと思う。大きな大会で勝てば、あるいは偉大な記録を出すことが出来れば金(カネ)になるというわけだ。選手個人の金と言うよりはむしろ企業の売り上げにつながる広告塔に選手が担ぎ上げられるわけだ。そう考えると基本的にメジャーなスポーツ、人気がある競技や種目ほど金は動くだろう。その観点からすると、円盤投げと言う競技は陸上競技の中では明らかにマイナーな種目だから、商業主義の時代にあってはどちらかと言うと衰退傾向にあるのではないかと推測する。国家の威信をかけて金メダルを取れと言う時代とは違って、商業主義の時代には人気の種目程レベルがおのずと上がるのだろうと思う。別にこれは陸上競技に限ったことではない、全てのスポーツに言える。
さて、女子円盤投げの歴代世界10傑はやはり相当異常なので11位以下も調べてみた。すると、21世紀になってからの記録は世界歴代15位に初めて出てくる。それもまだ比較的新しい記録で2017年だ。
歴代ランキング24位までが70m台の記録だ。その中で21世紀の記録はわずかに15位と21位(2015年)の2つだ。1990年代前半の記録がわずかにあるが、ほとんどが1980年代の記録、中には1976年の記録もある。
ただ、今年(2019年7月現在)のシーズンランキングを見ると1位と2位が69m台なので久々にハイレベルになっているようだ。とは言え歴代ランクトップ20にも入らないわけだが。
知られざる偉大な世界記録ダニエル・コーメンの3000m 7分20秒67
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