日本製の鉛筆削りをかって思うこと

中学生以来だと思うが鉛筆を積極的に使うことにした。

そこで手始めにしっかりとした鉛筆削りを購入した。

それがこのCARLのエンゼル5ロイヤルだ。

とてもシンプルなつくりだが、鉛筆を削るだけだからそれ以上求めるものはない。何といっても日本製であると言う安心感がある。

パッケージを見ると”百年の匠” ”丈夫、飽きない、機能的、長寿命のものづくり”と書いてある。

確かに、どっしりとした金属ベースでできていて頑丈だ。これなら普通に使えば100年は使えるだろう。

今時こんなにしっかりとした商品をアピールするメーカーは珍しい。

使い捨て商品にあふれている今の時代に、質と機能に特化して丈夫で長持ちする商品を作り続けるメーカーは稀だと思う。

でもやっぱりそういった商品は素晴らしい。値段は高くとも機能的に優れていて、長く使い続けることができるものには愛着がわく。日本製という価値観はまさにそこにあると思う。

安く買っても寿命が短ければ何度も買う必要があるし、その都度ゴミを増やすことにもなる。結局経済的にも地球環境的にも高くつくことになるのだろう。

売価は高くなったが質が高く丈夫な製品ををリリースしたら、最初はよく売れたが、その後ほとんど売れなくなったと言う話を思い出す。

なかなか壊れず長持ちするから、二度三度と購入する必要がなくなったからだ。一見いいことのように見えても経済至上主義の現代では、企業の売り上げは上がらず、そのメーカーはあえて質を落としてそれほど耐久性が無く、安価な商品に切り替えたと言う。その方が売り上げが大きくなるからだ。

売り上げこそ命、という世界にあっては使い捨ての傾向に走るのが常なのだろう。そうした中、100年使い続けることができるような商品を出しているメーカーは凄いと思う。

この鉛筆削りはシンプルだが、それぞれの部品が良くできていて、もし万が一どこかに不具合が出たらメンテナンスや交換をしてもらえるだろうことはすぐに分かる。

やっぱりそうしたしっかりしたモノづくりが本来の日本の伝統的な価値観なのかなあと思う。百円ショップに代表される安価で使い捨てに近い商品はどちらかと言うと中華的な商品なんだろう。

何かで読んだ話の中で、そもそも日本と言う国は限られた国土の中にある自然資源をとても大切にして暮らしてきた長い歴史があるとあった。例えば木材にしても、より長く使えるような丈夫な家具を作れば、この先何代にわたって使うこともできる。また、部分的に壊れても職人が修理をすればまた使える。だから、限られた自然資源は大切に利用され保護された。より質の高いものを作る、あるいは修理し再生利用すると言う点では高い技術が発達したようだ。

一方で、例えばアメリカでは、開拓史にも見られるように、山を切り開き大規模な農業、あるいは工業を短期間に発展させてきた経緯がある。日本人が長い歴史の中での自然とのかかわりとは違い、自然とは破壊の対象だったと書いてあった。だから、とにかく潤沢にある資源を大量に使って大量生産させることで発展してきた文化が根差しているのがアメリカなんだろう。

世の中経済至上主義の傾向になっているが、質の高い製品を大切に使うと言う日本的な価値観を含んだ日本的な経済に少しずつシフトしていけないののだろうかとも思う。

個人的にも安価で使い捨て商品に走ることなく質が高く長く使える商品で生活するようにならねばなあと思う。

送料を含めて3000円くらいしたこの鉛筆削りだが、普通に使えば私よりはるかに長生きすることだろう。自分の子供の世代、孫の世代までに受け継がれていくモノがあるとしたら、その価値はお金には代えられないような気がする。

とりあえず、鉛筆を使ってみようと思ったことをきっかけで購入した鉛筆削り、大切に使っていこうと思う。

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